熊本地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決 1960年5月06日
原告 室原知幸 外一名
被告 熊本県知事・九州地方建設局長
訴訟代理人 小林定人 外二名
主文
原告らの訴はいずれもこれを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
原告らの訴訟代理人は、「被告熊本県知事が被告九州地方建設局長の各申請に基き、昭和三四年四月九日附をもつてなした土地収用法第一四条第一項の土地試掘等許可処分、及び同年七月一八日附をもつてなした右許可処分に対する追加処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、請求の原因
原告らの訴訟代理人は請求の原因としてつぎのとおり述べた。
一、被告熊本県知事は被告九州地方建設局長の申請に基き、昭和三四年四月九日附をもつて左記内容の土地収用法第一四条第一項所定の土地試掘、試すい並びにこれに伴う障害物の伐除(以下試掘等という。)の許可処分をなした。
記
(1) 事業の種類 筑後川総合開発事業に伴う下筌ダム建設
(2) 試掘等を行う目的 下筌ダム建設に伴う地質調査
(3) 試掘等を行う地点 熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕字鳥穴五八三〇番の二、同五、八二七番の一、同五、八二七番の二、同五、八二七番の三、同五、八二八番の一、同五、八二八番の二、同所字天鶴五、八二六番、同五、八二五番の一、同五、八二三番の三のうち別紙図面の地点(別紙図面は省略する。)
(4) 試掘等を行うに必要な土地の面積及び種類 山林一町五反
(5) 障害物の種類 用材木六〇〇本、雑木二〇〇石、粗朶一〇〇束、看板二箇所、柵(鉄線)一六〇米
(6) 土地所有者及び占有者の氏名 室原知幸、穴井隆雄
(7) 試掘等の方法及び範囲 試掘坑は長さ一〇米から三〇米でその断面形状は上底一米、下底一・四米、高さ一・八米の梯形断面とする。範囲は別紙図面のとおり(別紙図面は省略する。)
(8) 試掘等を行う期間 昭和三四年四月八日から同三五年三月三一日まで
しかして、被告九州地方建設局長は同三四年六月一三日被告熊本県知事に対し、地元民が試掘等を行う地域に小屋、見張所等工作物を設置したから今後設置されるものを含め一切の障害物の伐除が可能のように許可されたい旨追加申請をなし、被告熊本県知事は同年七月一八日附をもつて、前記昭和三四年四月九日附許可処分のうち(5)障害物の種類の項を訂正するとして、「試掘等を行う地点に昭和三四年四月九日以降設置された障害となる物件並びに同地点に今後設置される障害となる物件」を追加したが、右追加許可処分はさきになされた許可処分と一体をなすものである。
二、被告九州地方建設局長は右許可処分に基き原告ら所有の土地につき試掘等を行おうとし、昭和三四年四月一五日附で原告らに対し施行の通知をしたのであるが、右許可処分及び追加許可処分は左の理由により無効である。
(1) 許可処分の表示によつては土地の試掘等を行う地域が特定していない。すなわち、許可処分によると、九筆の土地を列記しそのうち図面記載の地域をもつて試掘等を行う地域としているけれども、右九筆の土地は必ずしもそれぞれその全地域を含むものでないのにその含まれる部分と含まれない部分とは不明であるのみならず、右図面記載の地域中には右九筆以外に、原告室原知幸所有の熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕字天鶴五、八二五番の二の土地、並びに訴外末松豊所有の同所五、八一四番及び同所字鳥穴五、八二九番の各土地が含まれていて、結局処分の対象たる地域はいまだ特定されていないものといわねばならない。
(2) 本件許可処分は、さきに述べたように、追加許可処分と一体となつたものであるが、右追加許可処分は障害物の追加許可であるから、被告熊本県知事は所定の許可手続ことにその所有者及び占有者にあらかじめ意見を述べる機会を与えなければならないのにこれを全く欠如し、単に訂正手続でもつて処理したのは、手続上違法たるを免れない。
(3) 試掘等許可処分において伐除すべき障害物を特定するのは、起業者の無制限な行動を抑止し、私有財産の不当な侵害を排除するにある。しかるに、右追加許可処分において伐除すべき障害物を包括的に規定し特に将来設置されるものまで伐除の対象として許可したのは、いたずらに起業者の便宜のみにとらわれて起業者に不当に広般な権限を付与するものであつて、土地収用法第一四条第一項の法意を無視するものである。さらに、右追加許可処分はその許可手続の経過からして小屋、見張所等一切を伐除の対象としたことがわかるが、元来右第一四条第一項にいう障害物とは障害となる植物若しくはかき、さく等軽微な必要最少限度のものを指称するのであつて、許可処分に当つてはその存在と状況を確認の上右法条を正当に適用しなければならないのに、被告熊本県知事はなんら伐除すべき障害物を特定することなくあたかも試掘等を行う地域内に存在する物件はすべて伐除を許容する如き不当な許可処分をしたのである。このように、障害物の特定を欠く粗雑を許可処分であることはつぎの事実からも明らかである。すなわち、当初の許可処分に掲示されている用材木六〇〇本、雑木二〇〇石は試掘等を行う全地域においてすべての立木を伐採しても到底存在せず、まして、右地域内の立木がすべて試掘、試すいの妨げとなるわけではないのである。また、粗朶一〇〇束は右地域内には存在しない。以上によつて明らかなとおり、本件許可処分は障害物の特定の点において許可の意味を失う程甚しく不備である。
(4) 土地収用法第一四条第一項中土地の試掘等の許可に関する規定が法律の改正により追加された趣旨からみて、試掘、試すいに伴う伐除の対象となる障害物の範囲に、家屋または家屋に設置された電気等の設備は含まれないと解すべきである。しかるに、追加許可処分は原告ら及び訴外末松豊の共有名義である小屋、見張所等を伐除の対象に加えているが、これらはいずれも家屋であり、従量電灯使用設備及び有線電気通信設備が設置されているのであるから、これらを伐除の対象となし得るものとした追加許可処分は法律の解釈を誤つたものである。
三、本件許可処分及び追加許可処分には以上述べたような瑕疵がある。しかるところ、土地収用法第一四条第一項の規定の趣旨は公共の利益という名目の乱用を控制し私有財産との調整を図るにあるから、同規定は強行規定であることはもちろん、その解釈適用は厳格を要し、不当な拡張解釈や単なる便宜に出た解釈は許されない。したがつて、前記瑕疵は本件許可処分及び追加許可処分の無効をきたすこと明らかである。
四、よつて、許可処分及び追加許可処分の無効確認を求める。
第三、被告らの答弁
被告ら指定代理人は、被告九州地方建設局長の本案前の答弁として、「被告九州地方建設局長に対する本件訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、本件訴は被告熊本県知事が土地収用法第一四条第一項に基いて被告九州地方建設局長に対してなした土地の試掘等の許可処分の無効確認を求めるものであつて、要するに同知事のなした行政処分を違法であるとしてその効力を争つて攻撃するものであるから、行政事件訴訟特例法第一条、第三条の規定に準じて処分行政庁を被告とすべきものであり、当該行政処分の相手方である被告九州地方建設局長は右訴訟の被告適格を有しないと述べた。
本案についての答弁として、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、つぎのとおり述べた。
一、原告ら主張事実のうち、一の事実、二の事実中被告九州地方建設局長が原告ら主張の日附で原告らに対し試掘等施行の通知をしたこと、被告熊本県知事が追加許可処分をする際原告らに意見を述べる機会を与えなかつたこと、追加許可処分により伐除の対象とされた障害物に原告ら主張の小屋、見張所等が含まれていることはいずれもこれを認めるが、その余の事実を争う。
二、被告熊本県知事が昭和三四年四月九日附をもつてした許可処分は同年七月一八日附をもつてした追加許可処分と一体をなすものであるが、右許可処分並びに追加許可処分には、原告ら主張のような無効事由は存しない。
(1) 土地の試掘等を行う地域は特定している。
許可処分は原告ら主張の図面により一定の地域を画してその中に含まれる九筆の土地を特定してなされたものであり、右地域中には九筆以外の土地は含まれておらず、地域の不特定をいわれるべき筋合のものではない。仮りに、右図面表示の地域に原告ら主張の三筆の土地が含まれているとしても、図面表示の地域から右三筆の土地部分を除いた残余の部分が試掘等を行う地域となるから、地域は明らかに特定している。
(2) 追加許可処分における手続上の瑕疵は許可を無効ならしめるものではない。
被告熊本県知事は昭和三四年四月九日附許可処分をなすにあたつては土地収用法第一四条第一項に基きあらかじめ原告らに対し意見の提出を求め、これに対し原告らは各々再度にわたり反対趣旨の意見の提出があつた。その後試掘、試すいを障害する目的をもつて工作物が設置されたものであるから、同年七月一八日附追加許可処分をするにあたり、あらためて原告らに意見の提出を求めても前同様の意見が開陳されることは予期されるところであるし、被告熊本県知事もかように判断してその反対意見を十分顧慮して右追加許可処分をなしたものである。よつて、追加許可処分において原告らに意見を述べる機会を与えなかつた瑕疵のあることは争わないが、右の経過からみてこの手続上の瑕疵は法の意図しているところに著しく違背しているといえないから、処分そのものを当然無効ならしめる程重大な瑕疵ということはできない。
(3) 伐除すべき障害物は特定されている。
試掘等の許可に当り伐除すべき障害物を特定すべきであるとしても、特定の方法として地域内の樹木等を個々に明示する必要はなく、対象とする障害物の範囲が自ら特定される得る基準を示すことによりこれを特定することは当然許さるべきであつて、実際上広大な地域における多数の物件を一々明示することを求めることは不可能を強いるものといわねばならない。追加許可処分についてこれをみれば、伐除すべき障害物として、昭和三四年四月九日以降設置された障害となる物件並びに今後設置される障害となる物件と表示されていることは原告ら主張のとおりであるが、試掘等を行う地域が特定していることは前述のとおりであり、他方試掘、試すいすべき位置は許可処分の図面中に明示されているから、これにより伐除すべき障害物は自ら明らかとなるとともに、右追加許可処分において障害物の設置時期をも限定しているので、これらの基準により伐除すべき障害物は特定されるのである。したがつて、この点に関する原告らの非難は当らない。なお一言附け加えれば、被告熊本県知事が追加許可処分をなした当時、原告らは次々にあらたな障害物を設置しまた設置せんとしていた状況であつたので、前記の如き表示をもつて伐除すべき障害物を示すほかなかつたのである。
(4) 原告らが設置した仮小屋等は土地収用法第一四条第一項にいう障害物に該当する。
右仮小屋等は、いずれも原告らが本件試掘等を妨害する目的をもつて、昭和三四年五月下旬頃以降数次にわたり、被告九州地方建設局長が当初の許可に基いて伐採した材木等を使用して設置したものであつて、原告らが監視小屋あるいは集会所と称していることからも明らかなとおり試掘等を事実行為をもつて妨害しようと待機している原告ら及び地元民の使用に供されているのである。したがつて、右仮小屋等はその設置並びに使用の目的よりして、まさに文字どおり妨害のための障害物にほかならない。しかして、右仮小屋等には昼間十二、三人の地元民が詰めているが、これは何人の居住の用にも供されていないから、伐除されても所有者らの被るべき損害は軽微なものにすぎず、その点において法の例示する植物、かき、さく等となんらえらぶところがない。されば、土地収用法第一四条第一項にいう障害物の範囲は無限定的なものではなく通常の居宅等はこれに含まれないとしても、以上のような仮小屋が右障害物に該当すると解しても法の趣旨を逸脱するものではない。
三、要するに、原告らが本件訴訟において、本件行政処分を当然無効たらしめる事由として主張するところは、すべて理由がない。
理由
第一、被告九州地方建設局長に対する訴について
本訴は、被告熊本県知事が土地収用法第一四条第一項の規定に基きなした試掘等許可処分の無効確認を求めるものである。しかして、行政処分の無効を主張しこれに基く行為の進行を阻止する目的をもつて行政処分の無効確認を求める訴は、その実質において行政庁の違法な処分の取消または変更を求める訴と近似するものであるから、行政事件訴訟特例法第三条の規定を類推しその処分をした行政庁を被告としてこれを提起することができるものと解されるので、本訴において、原告らが処分行政庁たる被告熊本県知事を被告として試掘等許可処分の無効確認を訴求することは適法であるけれども、被告九州地方建設局長はその分掌する国の事務について起業者たる国のため被告熊本県知事に対し試掘等の許可申請手続をなして許可処分を受けたというにすぎないのであり、言うまでもなく右処分行政庁に当らないから、同被告に対する本訴は不適法たるを免れない。けだし、元来国または公共団体の機関は当事者能力を有しないのであつて、ただ行政事件訴訟特例法第三条の規定の適用ないし類推により処分行政庁が被告となつた場合にだけ、その処分行政庁に当事者能力が認められるのであるから、この観点に立つて判断すれば、被告九州地方建設局長は当事者能力を欠くものとみざるをえないからである。
第二、被告熊本県知事に対する訴について
原告らが本訴において無効確認を求める試掘等許可処分は、その実施期間を昭和三四年四月八日から同三五年三月三一日までと画してなされたものというのである。しからば、右許可処分により起業者たる国に対し設定された試掘等の権利は右期間の経過によつて消滅し、国が右権利を実施する余地はなくなつたから、原告らにおいて右許可処分の無効確認を訴求して右許可処分に基く行為の進行を阻止する実益はなくなつたわけである。すなわち、被告熊本県知事に対する右許可処分の無効確認を求める訴は法律上の利益を喪失したものであり、同知事に対する本訴も訴訟要件を欠く不適法な訴といわねばならない。
第三、されば、本訴はすべて却下すべきものであるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西辻孝吉 吉井参也 小林優)